腰椎椎間板ヘルニアとは
腰椎椎間板ヘルニアとは、腰の骨と骨の間にある、椎間板というクッション。このクッションの一部が飛び出て、神経を圧迫することで神経症状を引き起こす病気のことです。正確には、椎間板の髄核という柔らかい軟骨組織が、後方に脱出し脊髄や馬尾神経、神経根を圧迫することで神経症状を引き起こす病気です。
椎間板とは、腰の骨と骨の間にあり、クッションの役割をします。車のサスペンションのようなものです。構造は、外側を硬い繊維構造の繊維輪と、内部に柔らかく水気の多い髄核があります。硬式ボール(高校野球やプロ野球で使うボール)を想像すると判りやすいと思います。
無症状の「無症候性ヘルニア」
ヘルニアという病名が一人歩きしている感もあります。腰が痛い、足が痛い時に、「ヘルニアです」と言えば誰もが納得する。レントゲンを撮ると椎間板のすり減りがあったり、MRI検査を行い椎間板の飛び出しがあれば、とりあえずヘルニア。となっている傾向を感じます。なぜなら、レントゲン上の椎間板のすり減り具合とMRI検査上のヘルニアの飛び出し方はほとんど相関しません。レントゲン上激しく椎間板がすり減っていてもMRI上ヘルニアの無い方も居ますし、逆にレントゲン上それほど大きな異常がなくても巨大なヘルニアの方も居ます。
また、MRI検査上、ヘルニアまたはヘルニア様の飛び出しを認めても、症状の無い、不顕性(無症候性)のヘルニアの方も実は多いのです。画像上ヘルニア(ヘルニア様)があっても、症状が無かったり、症状があってもヘルニアの部位と一致しない場合、「悪さ」はしていないのです。文献上、60歳未満の約20%に、60歳以上では約40%の人に無症候性のヘルニアがあると言われいます。
腰椎椎間板ヘルニアの症状
症状は、腰の痛み、お尻から太ももや下腿や足のしびれや痛み、感覚障害や運動麻痺などがあります。圧迫の程度が軽かったり炎症が強くなければ、しびれ感が主です。炎症の程度が強くなると痛みが出てきます。足の感覚障害(触った感じが左右違う感じ)や筋力低下は、神経の不可逆的状態の可能性もあり、以前は手術の適応と考えられていましたが、最近はそうでもなさそうです。筋力低下は時に判りにくい時もあります。第5腰椎神経の場合、足首やゆびの上がりが悪くなりますので、つまずき易くなったりスリッパなどが脱げ易くなったりします。仙椎神経は左右別々のつま先立ちをしてみると判り易いでしょう。
ヘルニアは飛び出る椎間板の場所で障害される神経が異なります。一般的に第4と第5腰椎の間のヘルニアは、第5腰椎神経根の場所の症状を。第5と第1仙骨(仙椎)の間のヘルニアは第1仙椎神経根の場所で症状を出します。神経支配図は本により多少部位が異なりますが、経験上第4腰椎神経は膝からすねあたりに、第5腰椎神経は、太ももの後ろから、下腿の外側と足の甲に症状が出ます。まれですが股関節の前面あたりに痛みの出る方もおられます。第1仙椎神経は太ももの後ろからふくらはぎ、足の外側から足裏に症状が出ます。
通常の腰痛との違い
通常腰の痛みは無いか、あっても我慢出来る程度の方が多いです。ヘルニアになる方の経過を見ていると、最初は腰の痛みだったのが、ある日腰の痛みは楽になり、左右どちらかの足がしびれたり、痛み、感覚障害や痛みを訴えるようになります。椎間板ヘルニアは飛び出た軟骨が神経を圧迫して起こる神経症状です。神経根から出た神経の一部が腰や椎体の回りに出る枝がありますから、下肢の症状を伴う腰痛の方はおられますが、下肢症状を伴わない腰だけの痛みの場合、その他の原因も考えられます。
治療について
まず、ヘルニアが何故痛いかを理解する必要があります。昔、ある腰の専門医が、ヘルニアが何故痛いかを理解するために、自分の背中に先端に風船のついた、細いカテーテル(チューブ)を挿入して、ヘルニアが出るであろう場所で風船を膨らませたそうです。さぞ、足が痛くなるであろうと思われたのに、足がしびれただけだったそうです。これは痛みの原因が「炎症」であることを示しています。つまりは、ヘルニアが飛び出していても、下肢痛は起こりません。
ところが、毎日24時間ずっとヘルニアが神経を刺激し続けた場合・・・。例えば、自分で自分の手を毎日叩き続けてみて下さい。腫れてきますよね・・・。この腫れている所を叩くと。。。この腫れこそが炎症で、この腫れている部分を叩くと痛みが出ます。これと同じことが、ヘルニアと神経の間で起きていると考えられます。つまりは、ヘルニアが脱出していること自体は、何の問題もなく、そこに炎症が存在していることで痛みの原因になっていると考えられます。
痛みの原因となる「炎症」を抑えることが大切です
ヘルニアの治療は、飛び出しているヘルニア自体を何とかすることではなく、起こしているであろう炎症を何とかすることが目的であると言えます。ヘルニアがあっても痛みやしびれ・筋力低下さえなければ良い訳です。痛み止めを飲むこと、湿布を貼ることも単に痛みを止めるのが目的ではなく、炎症を取るのが目的なのです。痛み止めの正式名称は、消炎鎮痛剤と言います。つまりは炎症を抑えて痛みを止めましょうって薬ですので、胃腸障害などの副作用がなければ飲んでおいた方が良いと思われます。
同様にリハビリテーションも運動療法と物理療法に分けた場合、物理療法(牽引や低周波はスーパーカイネなど)も消炎処置ですので同様なことが言えますし、同じく、硬膜外ブロックや神経根ブロックも炎症を抑える成分(ステロイドなど)を注入することで、炎症を取ることが目的となります。よって、硬膜外ブロックや神経根ブロックは単なる痛み止めとしてではなく、ヘルニアの痛みの原因となる炎症を抑える上で有効な治療法と言えます。
手術について
ヘルニアはよほどの筋力低下や、膀胱直腸障害でも起こしていない限り、手遅れになる病気ではありませんし、5年以内に約50%以上が自然吸収されると言われていますので、何もしなくても治癒(軽快)してしまう人が多い疾患です。手術は、残念ながら、今ある症状の全てを解決出来る訳ではありません。麻酔や手術そのもので具合が悪くなる人もいますし、痛みが完全に取りきれない人や、しびれや筋力低下が残る人もいます。椎間板ヘルニアとは、本来椎体のクッションの役目をしている椎間板が脱出した病態で、ヘルニアの手術はこの飛び出した椎間板を元の位置に戻す手術ではなく、クッションの役目をしている椎間板を取り除く手術ですので、クッションがなくなることによる弊害。例えば腰痛の悪化や腰椎の不安定性を助長させる原因にもなると考えらます。
よって痛みのピーク時の80~90%程度が改善出来るのなら、手術は成功したと考えた方が良いと思います。現在の症状を保存的に(神経根ブロックも含めて)行った結果が、80~90%改善しており、仕事や日常生活に支障がないのであれば、手術を待っても良いと思われます。逆に、いかなる手をつくしても保存的に痛みのコントロールが出来なければ手術も考慮すべきだと思います。このいかなる保存的加療の一つに各種のブロック注射があると考えれば良いと思います。よってブロック療法を選択するもしないのも、ご自由に決めれば良いと思いますが、手術を選択する前に、是非試しておきたい(試さなくてはいけない)保存的療法の一つだと思います。それでダメならば手術を考慮しても遅くはないと思います。どの治療法を選択するかは、あなたのご自由で良いと思います。私たちはその選択肢の提供と、ご自身で治る努力の手伝いをしている存在なのですから。
腰痛を引き起こすその他の原因
腰椎椎間板症
水分含有量の多い椎間板そのものが変性した事で、クッションとしての役割を失い、腰の不安定性による痛みや椎間板由来の痛みを出します。椎間板ヘルニアの前状態とも言えますが、慢性的な腰痛のかなりの方に認められ、レントゲン上椎間板のすり減りやMRIで椎間板の水分含有量の低下が見られます。また、血行性の細菌や結核菌が、椎体や椎間板の炎症で化膿性椎体炎や化膿性椎間板炎などもあります。
椎間関節炎
脊椎は、お腹側を椎間板が、背中側にはそれぞれの椎体による関節である椎間関節によって構成されています。椎間板の変性により背中側の椎間関節に無理な動きが加わり、関節の炎症を起こす状態です。ぎっくり腰の原因として、この椎間関節の急性捻挫があります。
仙腸関節炎
仙骨と骨盤の骨である腸骨の間にある大きな関節の炎症です。椎間板症は腰痛の原因になりますが、椎間関節炎や仙腸関節炎は股関節周囲や坐骨神経痛のような症状が出る事があるので、ヘルニアとの鑑別はとても重要です。
腰部脊柱管狭窄症
加齢などにより、骨や関節が変形したり、椎間板や靭帯が硬く飛び出すことで、神経が通る管(脊柱管)が細くなり神経や神経の周りの血管を押すために症状が出る病気です。
腰椎分離症、腰椎分離すべり症、変性すべり症
慢性的な腰の痛みや、すべりの程度が強くなると狭窄症による症状が出ます。
腰の回りの筋肉の炎症や棘間靭帯の炎症
お尻回りから大腿の痛みの原因としては、股関節の病気や大腿筋膜張筋の炎症や、梨状筋症候群などがあります。痛みの部位が限定している、筋肉や筋膜の炎症の方は案外多いです。腰痛や足の痛みやしびれだけでなく、くびから背中の痛みや肘の痛み、頭痛やこわばり感などの症状を出す、線維筋痛症(症候群)なども原因として考慮する必要があります。